岩﨑蔵さん | くらす はたらく いちはら

“ありふれた料理”を、記憶に残る一皿へ──市原に移住した料理人が選んだ挑戦のかたち岩﨑蔵さん

都会での飲食業経験を活かし、「自分らしく多くの人に幸せを届けたい」という思いで独立を決意した岩﨑さん。試行錯誤の末、縁あって市原市に移住し、アジフライ専門店「FLYDAY」をオープンさせました。なぜ市原市を選んだのか、なぜアジフライなのか―。電話一本から始まった市原市との出会い、地域の人々との温かい交流、そして夢の実現へと続く移住ストーリー。今では多くのメディアに取り上げられる人気店となったFLYDAYですが、その成功の裏には、地域に根ざし、地域と共に成長しようとする岩﨑さんの熱い思いがありました。 取材日 2025年4月22日/文 Akari Tada

FLYDAY/フライデイ

岩﨑 蔵 / Osamu Iwasaki

年齢 44歳
移住時期 2021年
移住エリア 加茂地区

“ありふれた料理”を“記憶に残る一皿”へ──市原に移住した食のプロが選んだ挑戦のかたち


自分たちで、自分たちらしく。自由な食の幸せを届けたくて

「もっと自由にやりたかったんです。」

そう語るのは、アジフライ専門店「FLYDAY」の岩﨑さん。サービスマンとして料理人として都内のレストランに長年携わる中で、「雇われている」ことへの限界を感じるようになったといいます。

「お客様に喜んでもらうためにもっとできることがあるのに、組織のルールや方針でブレーキがかかってしまう。だったら、自分たちでやるしかないと思いました。」

ただ、レストランを立ち上げても、その店に来てくれた人しか幸せにできない。もっと多くの人に「美味しい時間」を届けたい。そんな思いから、通販やケータリング、飲食店のコンサルティングなど、“店舗を持たない飲食業”にも挑戦しました。

しかし、経営は思うようにいかず、在庫や営業の難しさに直面。加工場の確保が必要になり、神奈川へ拠点を移したことで、少しずつ仕事も軌道に乗りはじめます。結婚式場の料理を任されたことで安定も見えましたが、コロナ禍ですべてが白紙に。ふたたびゼロからのスタートを余儀なくされます。

市原市との「偶然の出会い」から始まった移住

そこから店舗候補地を探す旅が始まりました。都内は金銭的に厳しく、かといって遠すぎる場所では難しい。移住支援のある自治体を探して電話をかけましたが、なかなか取り合ってもらえませんでした。

「そんな中、市原市に問い合わせたとき、電話対応した若い職員さんが『ちょっと確認します!』と前向きに動いてくれたんです。それが当時の市原DMO(市原市観光協会)の担当者につながり、『細かいことは会って話しましょう』と招かれました」

初めて訪れた市原市南部の景色は、どこか地元の群馬県に似た雰囲気があり、不思議な安心感を抱いたといいます。

「バスを降りた鶴舞バスターミナル周辺の風景に、懐かしさを感じました。初めて来たのに、なぜか心地よい。この印象が市原市への移住の決め手になったかもしれません」

案内の中で現在のFLYDAY店舗の場所も見学しました。本来は貸す予定がなかった物件でしたが、市原DMO(市原市観光協会)が間に入って交渉してくれたおかげで借りることができました。岩﨑さん自身の住まいも、「せっかく田舎に来たのだから」と開宅舎の高橋さんから古民家の物件を紹介してもらい、お店からも近く、ちょうど良いサイズの住居にすぐに引っ越しました。

土地勘ゼロから「配達の人」、そして「食の人」へ

引っ越したものの、当初は土地勘も人脈もゼロ。そこでまず土地勘を養うために始めたのが配送の仕事でした。配属先は偶然にも現在も関わりの深い牛久地区。毎日配達するうちに、地域の人たちと少しずつ顔見知りになっていきます。

「でも、自分が“食の人”だってこと、誰にも伝わってなかったんですよね」

そんな時に始まったのが「うしくキッチン」のシェアキッチンプロジェクト。岩﨑さんはここで週1回のお弁当屋をスタート。FLYDAYの店舗で仕込み、キッチンで仕上げて販売。

さらに『牛久商店街まるごと弁当』の企画にも携わり、お弁当デザイナーとして地域と深く関わるようになります。

牛久商店街まるごと弁当
牛久商店街まるごとバーガー

そして、移住から1年。ようやくお店の準備が整い、2023年6月、「FLYDAY」がオープンしました。

アジフライ専門店に込めた想い──“ありふれたもの”に、驚きを

市原に移住してから約1年。地域の人とのつながりも少しずつ生まれ、「飲食の人」として認知され始めた岩﨑さんは、満を持して自分たちのお店を出す決意をします。そこで掲げたのが、「アジフライ専門店」という一風変わった業態でした。

「地元食材を使って、かつ“目的来店”を生むような看板商品を作りたかったんです」と岩﨑さんは言います。

ポイントは「揚げ物」であること。調理の再現性が高く、作り手によって味のブレが少ないことから、継続的なクオリティ提供が可能だと考えたそう。そして看板商品には、日本人なら誰もが一度は食べたことのある“アジフライ”を選びました。

「全く新しいものより、馴染みがあるものを“圧倒的においしく”したいと思ったんです。そうすれば、親しみもあるし、意外性や感動が生まれる」

そしてFLYDAYのアジフライは、ただのアジフライではありません。

三枚おろしにして、骨をすべて取り除く。ふわっとした食感を実現するために大きなサイズのアジを使い、死後硬直が解けた“解硬”のタイミングを見計らって調理。衣はサクッと、身はふわっと。苦手だった人が好きになり、魚をあまり食べない人が何度も通う、そんな“記憶に残るアジフライ”です。

FLYDAY 人気メニュー全部のせ

「うちの代表で料理人の阿久津が家庭で“アジフライって、なんであんな形なんだろう?”って話になったんですよね。“骨を全部抜いたら、もっと食べやすくなるんじゃない?”って。そこから試行錯誤が始まりました」

さらに、地元市原のお米や野菜も取り入れ、「地産地消のフライ屋」として地域の味を届けています。

「アジが主役ではありますが、本質的には“フライ屋”なんです。地域の素材を使って、きちんと手間をかけて、誠実においしいものを出す。そういう店が、この場所に必要だと思ったんです」

今ではテレビや雑誌にもたびたび登場するFLYDAYですが、ブームに乗って派手にオープンしたわけではありません。地に足のついた「地元に愛される店」として、一歩ずつ信頼を積み重ねてきた結果なのです。

移住の本当の価値は「人とのつながり」

アジフライをきっかけに、ふらっと立ち寄った市原。そんな一度きりの訪問が、思わぬ形で誰かの人生に影響を与えるかもしれない。
「美味しかったからまた来たよ」――そんな何気ないひと言が、地域にとっては大きな手応えになる。そして、それを支えているのがFLYDAYのような店であり、岩﨑さんのような人なのかもしれません。

「最終的には現場に立たずにのんびり過ごすのが夢です」と笑いながらも、目の前のまちづくりには真剣な眼差しを向けます。
「もう一店舗つくって二本柱で事業を安定させたい。そして、もっと地域に根を張っていきたいんです。今は利益より、近くの人たちと近くのことを良くしていくことの方が大事だと思っています」

高滝湖周辺は、実はイベントも多く、観光ポテンシャルの高いエリア。けれど岩崎さんは「もっと日常的に楽しい地域になっていく必要がある」と話します。
鍵になるのは「食」と「体験」。
単発のイベントだけでなく、店同士が自然にお互いの魅力を伝え合い、訪れた人に「ここにいくとこんな体験ができますよ」とつながっていけるような地域。分散ではなく、拡散していく関係性。そんな循環をつくっていきたいと語ります。

加茂地区の人々は、移住者に対してとても温かく、町内会や消防団への参加を強要することもなく、「あなたはお店を頑張りなさい」とそっと背中を押してくれたといいます。

「移住って、ただ場所を変えることじゃなくて、“誰とどんな風に暮らすか”なんだと思います」

FLYDAYを訪れた人が笑顔になり、その笑顔が地域に広がっていく。そんな循環が、少しずつこの町に根づいていきます。

移住して出会った仲間たち


肩肘張らずに、自分らしく働き、暮らす。そんな生き方を探している人にとって、ここ市原は、ちょうどいい「スタート地点」になるかもしれません。

【Instagram】FLYDAY/フライデイ

移住者インタビュー